詭弁のガイドライン

はてなキーワードの「詭弁のガイドライン」を編集しようと思ったら、はてな市民の資格を失っていました。そのためむだなエントリーを書きます。ただ関連事項に「東大話法」を加えたかっただけなんですが。
Wikipediaの「東大話法」の項は私が立ち上げました。

「おれ」という一人称

筒井康隆という小説家がいて、かつて星新一小松左京とともに、日本のSF作家御三家と呼ばれた。この作家が小説でよく用いた一人称である。おれは、「おれ」という一人称を使うと、まるで筒井小説の主人公になったような気分になれるので愛用している。

吉高由里子

テレビドラマの『美丘』を見たら、すごい役者だと思った。

先頃、地下鉄の吊り広告で、「ジョッキ生」の広告に六人のモデルのひとりとして登場していたので注目した。黄色い上着の裾を引っ張って股間を覆うという変なポーズをとっていたので気になった。調べると、映画の『蛇とピアス』で主演している大物だった。

大槻ケンヂの小説のヒロインが具現化したようだった。数年前の自民党の首相みたいに「感動した」と言わざるを得ない。

大槻ケンヂ

爆誕

爆誕

アニソンのイベントで、発注仕事で作った『さよなら絶望先生』のアニメ主題歌を美人声優たちと一緒に歌って、さぞかしオーケンは楽しかっただろうというか、役得というか、うらやましいというか。
悔し紛れに書くと、おれも新谷良子さんと野中藍さんにはかつて仕事で1〜2度生で接触したことがある。田村ゆかりさんにも何度も会ったし、加藤夏希さんにも挨拶してもらったことがある…。

さよなら絶望先生』というアニメの成功(三期も続けば成功だろう)の栄誉は、本来原作者の久米田康治や、監督の新房昭之らに帰属するはずであるが、それがいちロックソンガーにおいしいところをすっかり持って行かれるというのは、地味な仕事をしている現場の人たちにとってどうかという気もする。

しかしそれが「身代わりシステム」なのかもしれない。これはオーケンの歌に登場する用語なので、特撮の1st『爆誕』を聴いてくれ。

大槻ケンヂ

絶望大殺界

絶望大殺界

大槻ケンヂは、アニメの『さよなら絶望先生』のオープニング曲を三期に渡って担当した。YouYubeに、「2009年の埼玉アリーナのアニソンのイベント」が上がっていたのでみたら、すごい迫力だった。

大槻ケンヂは「いちオタクが、たまたま舞台に引き出されて有名になっただけ」みたいなスタンスを取っているアーティストだが、何万人にひとりという、特別な才能の持ち主と言わざるを得ない。

NHKへようこそ』とか『電車男』といった、一時的に評判になった青春小説は、大槻ケンヂの『グミ・チョコレート・パイン』の再生産物にすぎなかったかもしれない。

大槻ケンヂ

ロッキン・ホース・バレリーナ (角川文庫)

ロッキン・ホース・バレリーナ (角川文庫)

2002年発売の『リンダリンダラバーソール』を読んだときは感動して、身近にいたロック少女たちに本を貸したり勧めたりしたが、この本は今回初めて読んだ。
続編とか焼き直しと思ったらぜんぜん別の物語で、楽しかったし、ヒロインの七曲町子が好きになった。大槻ケンヂは自分でも「フェイバリッドだよ!」と言っている。

大槻ケンヂの小説を読む時にまず何から読めばいいか?」と質問があったら、迷わず『ロッキン・ホース・バレリーナ』と即答する。
(『大槻ケンヂ20年間わりと全作品』)

大槻ケンヂ20年間わりと全作品(CD付)

大槻ケンヂ20年間わりと全作品(CD付)

これは、1990年〜2010年の日本のサブカル・アングラ史の基礎読本と言ってもいいような本だ。大槻がその何%かに関与している。俺は大槻ケンヂはずっと好きだったけど、筋肉少女帯が橘高色というか、ポップさを増していくうちにだんだん興味を失ってしまった。

しかし、継続的に発表されていたエッセイや、特撮(大槻を中心としたパンクチーム。2000年に作品のリリースを開始)で大槻を再認識した。大槻の20年のキャリアの半分は特撮時代だし、しかも特撮の音楽は筋少より濃い。

さよなら絶望先生」のアニメのOP曲も三期にわたって担当した。エヴァ以降のアニメのOPでは「さよなら絶望先生」は突出していると思う(ほかにそれほど知らないけど)。

とんかつについて

Wikipediaの『豚カツ』の項の編集・執筆者で、ノート(編集・執筆者の議論用のページ)で喧々諤々の議論を続けています(後記・時間が経ってから見に行ったら、当時の議論は倉庫に隠されてしまいました)。みなさんはとんかつ屋さんに入ったことはありますか? なくても「とんかつ」の看板はあちこちで見かけると思います。なのにWikipediaの項目名は「豚カツ」です。明治時代かよ。

とんかつの発祥は昭和4年御徒町の「ポンチ軒」(戦災で失われた)という説が広く知られていますが、この店はじつは、いまも残る「ぽん多本家」だったという説があります。この説は小菅桂子さんが、著書『にっぽん洋食物語大全 (講談社+α文庫)』でほのめかしていた説です。読んだときはそんなバカなと思いましたが、しかし時間がたって、ひらがなに「変体仮名」というものが存在することを知りました。

「た」の音を表記するのに、漢字の「太」に由来する「た」と、「多」に由来する「多(フォントのコードがないので代用)」があったのです(2012年に火事を出した「かんだ藪そば」の「だ」も、「多」に由来するものでした)。

「ぽん多(た)」という看板は、そそっかしい人が読めば「ぽんち」に見えたかも。当時は文盲の人も少なくなかった。また「ぽんち」という名前は座りが悪いので、食い物屋らしくと勝手に「軒」をつける人がいて「ポンチ軒」という架空の名前が生まれ(じつは「ぽん多」)、それが落語に取り上げられて有名になり、広まってしまったと想像します。(2019.3.24大幅に編集)

とんかつの誕生―明治洋食事始め (講談社選書メチエ)

とんかつの誕生―明治洋食事始め (講談社選書メチエ)

にっぽん洋食物語大全 (講談社+α文庫)

にっぽん洋食物語大全 (講談社+α文庫)